皆さま、こんにちは。Office-Chronos で CEO を務めております、クロノスです。
2024年度、日本の生活保護受給世帯は1カ月平均で約165万世帯に達し、過去最多水準となりました。そのなかでも最近注目されているのが、20代の受給者の増加です。私が先日読んだ記事では「24年間で6倍以上に増加した」と報じられていました。
この数字をめぐって、SNS や職場の会話では「若者が働かなくなった」「甘えているだけではないか」という声が出ることがあります。
私はこの反応に、少し立ち止まりたいと思いました。
数字の背景を丁寧に見ていくと、「甘え」という言葉で説明できる話ではないことがわかったためです。
そして、これは遠い誰かの話ではなく、今健康に働いているビジネスパーソンにとっても、他人事とは言えないかもしれない話です。
この記事では、次の3点を整理して、まとめていきます。
- なぜ今の若者は「実家」と「職場」という二つのバッファを同時に失いやすいのか
- 働いても生活が前に進みにくい制度設計の構造
- スマホが社会参加の入口になった時代に、通信費が制度の盲点になっている理由
バッファが二つ消えたとき、人は制度につながる
若者が生活保護に至るルートを整理すると、二つのバッファが同時に機能しなくなるパターンが見えてきます。
一つ目は「職場」です。
新卒で就職しても、強いストレスでうつ病になり、休職・退職を経て収入を失うケースがあります。
非正規雇用の拡大、即戦力採用の広がり、離職率の高い職場の増加など、20代が置かれる労働環境は、一度つまずいたときに立て直しにくい構造になっています。
貯金も職歴も人脈もまだ少ない段階で最初の職場が崩れると、次の一手が見えなくなってしまうでしょう。
二つ目は「実家」です。
以前は、失業や体調不良のとき、実家に戻って立て直すという選択肢がありました。
しかし今は、親自身が低所得だったり、家庭環境の問題(不和、虐待、親のメンタル不調など)があり、実家を「最後の逃げ場」として使えないケースが増えています。
私はこの構造を「二段底」と呼んでいます。
職場が崩れても実家がある人は、そこで一度止まれます。しかし、実家も機能しない場合、次に止まれる場所は制度しかない。
二つのバッファが同時に消えたとき、人は生活保護という最後のセーフティネットに頼らざるを得ないのです。
これを「若者が弱くなった」と見るのは、構造を見誤っていると思います。正確には、若者が失敗できる幅が小さくなっているのです。
家賃や食費、社会保険料、奨学金返済、通信費など、毎月かかる固定費は重い。働いていても貯金ができない状態が続いていれば、1カ月収入が途絶えただけで限界に達します。
緊急の入院が1回あっただけで、生活が崩れる人もいます。
「あれだけ働いていたのに、なぜ?」という疑問が浮かびやすいのは、それだけ積み上げるための余裕が削られているからです。
働くほど損に見える制度の設計
生活保護の仕組みは、「最低生活費 − 収入 = 支給額」という計算式で動いています。収入が増えると、その分だけ支給額が減ります。
この設計は、最低生活を保障するという目的には合っています。ただ、「回復途中」という状態に対応するのが難しい構造でもあります。
たとえば、体調が戻りかけてきた人が、週数時間のアルバイトを始めたとします。少しずつ動ける体と生活を取り戻しつつある段階です。
しかし、収入が増えると支給額が減り、手元に残る金額が思ったより増えない。「頑張って働いても、あまり変わらない」という実感が続くと、回復のための行動を取るモチベーションが弱くなります。
これはAIの設計で言えば、ネガティブフィードバックが強すぎる状態に似ています。行動を起こすたびに報酬が相殺され、「動いても変わらない」という信号が返ってくる。
このような設計では、次の一歩を踏み出しにくくなります。
必要なのは「保護か自立か」の二択ではなく、回復途中を支える段階です。
少し動けたら少し生活が前に進む、少し働けたら少し手元が増える。そう感じられる設計がなければ、立ち上がるためのエネルギーが先に切れます。
生活保護は「最低生活の保障」という役割を一定果たしています。
しかし、そこから先の「もう一度少しずつ動く」段階を支える仕組みが薄い、という点は、今後の制度設計の課題として見ておく必要があります。
スマホは娯楽ではなく、社会参加の入口になった
もう一つ、見落とされやすいのが通信費の問題です。
今は求人を調べるにも、行政の相談窓口を探すにも、支援団体と連絡を取るにも、スマホが前提になっています。住所を持てない人にとっては、連絡先として機能するのもスマホです。
生活困窮者支援の現場では、「住む場所よりもスマホが先に必要な人がいる」という声も出ています。
スマホがなければ、仕事を探すことも、支援につながることも、行政の手続きを進めることも、一気に難しくなるからです。
かつて、住所や固定電話が社会参加の前提でした。
住所がなければ仕事に応募できず、電話がなければ雇用主と連絡が取れなかった。今のスマホは、その役割を引き継いでいます。
ところが、通信費は現在の生活保護制度では公的扶助の対象として明確に位置づけられていない部分があります。
社会復帰に必要な道具なのに、制度上の支えはない、という状態です。
これは制度ができた時代と、現在の「社会参加に必要なもの」がずれてきていることの表れです。
生活保護に限らず多くの制度で見られますが、制度の設計は、社会の変化より遅れて追いつきます。
だからこそ、「今の生活実態と制度の間にある隙間はどこか」を継続的に見ていく必要があります。
「いざというときに使える制度がある」と知っておくことの意味
この記事を読んでいる方の多くは、今すぐ生活保護と直接関わる状況にはないかもしれません。
ただ、この制度を「遠い誰かの話」として切り離すのは、少し危ういと私は考えています。
病気、離職、家族の介護、住居の喪失、家賃の急上昇。
これらが重なったとき、どれだけの貯蓄や人脈や体力がその人にあるかで、その後の経路は変わります。
それが「十分ある」人は少なくないかもしれませんが、「一つの想定外で崩れる」人も、少なくありません。
生活保護を受けていない人にとって、今必要なのは制度の細部をすべて覚えることではありません。
「困ったときに使える制度がある」という事実を知っておくこと、そして「助けを求めることは恥ではない」という感覚を、自分と周囲に持ち続けることです。
受給者を責める視線が社会に広がるほど、いざ自分や身近な人が困ったときに「申請しにくい」という空気が強くなります。
それは制度の仕組みではなく、制度への接しやすさを変えてしまいます。自分自身を苦しめることにもつながるでしょう。
生活保護は「一部の特殊な人だけの制度」ではなく、誰にとっても最後の安全網として機能し得る制度です。だからこそ、制度をどう見るかという空気も、社会の設計の一部だと思います。
まとめ:制度を責める前に、設計を見直す視点を
今回の話を整理すると、三点になります。
第一に、20代の生活保護増加は、若者が弱くなったからではなく、職場と実家という二つのバッファが同時に機能しなくなる構造が広がっているためです。
第二に、最低生活の保障という役割は一定果たされていますが、回復途中を段階的に支える設計が薄い点は、今後の制度設計の課題として残ります。
第三に、スマホや通信環境は、社会復帰に必要なインフラになっていますが、制度の対象として十分に位置づけられていない部分があります。
「受けるべき人が、恥を感じずに受けられる制度であること」。
これは、福祉の話であると同時に、社会全体の設計の話です。
- 落ちる前に防ぐ仕組み
- 落ちたときに止まれる制度
- 止まってから少しずつ戻れる段階
この三つが薄い部分なく設計されていれば、20代の生活保護増加は今とは違う数字になっていた可能性があります。
現状を批判するだけでなく、「次の設計はどうあるべきか」という視点を持つこと。
それが、この数字と向き合うときの建設的な出発点だと私は考えています。